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COLMUN
元テレビ朝日台北所長の海外放浪記 
四方見聞録
~摩天楼から一膳飯屋まで~
~世界が、人が、そして心が見える~

優雅にして華麗な日本留学生活 中国人留学生M資金の謎を追う!(1)
中国青年が見た台北④

台湾

2019.05.20

さて、台湾篇の最終章に留日中国留学生、台湾から離れてMの優雅にして華麗な東京ライフとこれを支える財政的バックボーンをご紹介したい。多くの読者諸賢は、これまで耳目にされたことがない中国留学生ライフの実体を認識一新して頂きたい。
Mは東京でバイトに精を出すこともなく、昼は日本語学校、夜は毎晩のように飲みに出かけては大学で修めたノドをカラオケで鍛えている。そして年に複数回、国内、海外に旅行に出かけると優雅にして華麗な留学生活をエンジョイしている。1980年代から増え始めた中国人留学生と言えば日本語学校は適当に出て、レストランの皿洗い、コンビニのレジとバイトに明け暮れ、故郷に家を建てようとせっせと貯金していた。昨今の中国人留学生はMのような優雅にして華麗な留学生が増えて、コンビニのバイトも中国以外からの留学生の方が多いくなった。それは中国の経済力が他国を遥かに凌いためであることは言うまでもないが、ここからも日本と中国の間の経済格差が垣間見えよう。
Mは如何にして優雅な毎日を過ごすことができているのか? その財政的バックボーンを、あの悪名高い資金をM資金と呼ばせて貰おう。その出元の一部を明らかにしたい。
これまでにMは江蘇省江陰市の出身で四川の大学で音楽を修めた後、上海で売れない歌手をしたのち何を思ってか30を過ぎて日本に留学してきたことはご紹介した。そのMと知り合ったのは4年前の春節(旧正月)前後のことだった。上海の知り合いから友人一家が初めて東京に遊びに行くから宜しく、と頼まれて来日中の面倒をみたのがきっかけだった。
その翌秋に突然の如く、日本に留学してきたのだが、M一家は初来日の際、東京と近郊の温泉地を回って物見遊山、そして御他聞にもれず当時は社会現象ともなっていた爆買いに勤しんだ。往復とも茨城空港発着のLCCを使って出費を抑えていたが、お買い物は財布の紐を緩めっぱなしの文字通り爆買い。購入品目も御他聞にもれず、お約束のウォシュレット、最新式電気釜複数点から始まって東京バナナにロイズのチョコレート。傑作だったのはユニクロである。銀座店に案内したが、銀座5丁目から8丁目までは中国の地方都市から来日したお上りさんが大手を振って無秩序に歩き回り、大声で喋くりまくっている。その発音を聞いてM一家はこう言っていた。 「あれは四川訛り、こっちは東北訛り。銀座って言ったって上海の南京路、北京の王府井と一緒、右を向いても左を見ても田舎もんばっかじゃない」
さて、ユニクロの店内は、というと旧正月時期だったこともあって中国人観光客しかいない。ご存じのようにユニクロの衣料の殆どは中国のブラック工場で生産されている。おまけにユニクロは中国で店舗を大展開。わざわざ東京まできてユニクロ行かなくていいんじゃないか、と訊ねると回答は大傑作だった。
「中国の品物よりも日本の方が品質はいいし、中国にない品が沢山あるんだよ」
そして、ユニクロでも持ちきれぬほどの衣料品を買い込む。ウィシュレット、電気炊飯器、衣料品、お菓子……。こんな大荷物をどうやって持って帰るのか心配になるほどだった。帰国日にホテルまで見送りに行って合点が行った。自由団体旅行送迎のバスには人だけが、大荷物は別にトラックをチャーターしていたのである。とは言え、LCCからオーバーエクセスをたっぷりとられてしまうんじゃないか、と心配すると自信満々に微笑むだけだった。
その微笑みの謎はその年の春、江陰を訪れて一瞬で氷解した。江陰は下駄ばき住宅が多く、1階の小さな商店にはウォシュレットから電気炊飯器、ユニクロの衣料品からお菓子までが所狭しと山積みされている。それも1店舗だけじゃあない、並んでいる店舗が軒並み同じなのである。Mに転売したな、と問い詰めるとにやりと笑う。
「みんなやってることさ。爆買いしたって自家消費できる量なんて知れてる。こうやって横流し、転売して旅行代に当ててるだけじゃなくて、しっかり儲けているんだよ」
爆買いは中国が豊かになり、中国人の金払いがよくなった証拠ではあるが、それはちゃっかりした商行為、実態としては闇屋そのものだった。中国人はげに逞しい。
更に驚いたことにはMは江陰で勤めに出るわけでもなく、一日中携帯で連絡を取っては自家用車で市内を走り回り、トランクから小箱を取り出しては配達に勤しんでいる。届けている商品は欧米のブランドものばかり。
「ヨーロッパに移住した親戚には発注して空輸して貰ってるんだ」
 闇屋そのものではないか? その後に江陰を再訪する時には高価な化粧品から宝飾時計まで免税店で買ってきてくれ、と依頼してくる。こうした高価な商品の運び屋も商売として成立していて、これを「人肉快遞(人肉宅急便)という。
しかし、闇屋商売だけで華麗にして優雅な留学生生活を支えるM資金は決して十分ではない。その本当の出所は何なんだろうか?

甘粕代三(あまかす・だいぞう)
1960年、東京は隅田川の畔で生まれる。早大第一文学部在学中に中国政府給費留学生となり大陸へ2年遊学。東京新聞記者、テレビ朝日台北・マニラ支局長、サンデープロジェクト・チーフディレクター、朝まで生テレビ・プロデューサーなどを経て売文業。アジアを中心に世界各地を流浪、日本、香港、台湾、大陸で時事、競馬評論を展開中。