シンガポールで、先月から50年住宅ローンを地元大手銀行のUOBが取り扱いを開始した。
シンガポールの住宅ローンは、それまで35年が最長借入期間であったため、奇抜な商品として注目を浴びているが、発表直後から政府内でも一部批判が出ており、マーケットで物議をかもしだしている。
シンガポールの経済紙Business Timesが、8月16日に伝えたところ、政府の国家開発局(Ministry of National Development) が、国会議員の質問(不動産マーケット、特に公団住宅HDBへの影響など)に書面で回答した模様。
MND によると、50年という異例の長い期間のローンは、毎月の返済負担が軽減されるものの、借入人が安定的な収入がなくなるリタイア以降も返済が続き、最終的には借入人の金利の支払い総額が多くなるものである。しかし、実際には、HDBは十分30年ローンで返済できる商品であるため、夫婦共働き世帯などでは、退職前に完済可能であるため、影響は軽微であるとの見解をしめした。
現状のHDBの最大の借入期間は30年で、65歳が上限となっているが、実際の平均の借入年数は24年となっていることを根拠にしている。
他の銀行筋の見方は、住宅ローンは、銀行にとって、貸し倒れ率が低く、最も収益性が高い商品。UOB は、昨年からの住宅市場の取引低迷からローン残高が伸び悩む中で、マーケットシェア拡大のため開発したものだろう。実際には話題作りの効果の方が大きく、50年ローンそもものの実績にはそれほど繋がらないのではないかとの見方も紹介されている。
私は、昨日オフィスの近くのUOB の本社に出向き、担当者に商品の説明を聞いてみた。そこで解った商品内容と説明を紹介しよう。
実は、この50年ローンを借りられる人は、年齢35歳以上で、返済までの年限は満80歳までとのことであった。つまり、ローンの返済は50年で計算するが80歳に達する時点では残額を一括返済(バルーン返済)することが、求められている。すなわち、仮に35歳で借りても、80歳に達するまでの最長で45年の返済期間となるというからくりだ。また、担当者の説明では、この商品は基本は80歳まで返済することを期待しているのではなく、ローン返済の計算期間を長くすることによるメリットを強調している。
例えば、担当者が説明するこの商品のメリットを説明しよう。
たとえば、シンガポールドル100万ドル(約6200万円)の物件を購入するとしよう。物件価格の80%を借り入れるとすると、$800Kの借入額になるが、この場合で、35年と50年で借り入れた場合の比較をする。
現在の借入金利を1%として、計算すると50年ローンの場合の毎月の元利払いは$1,694となるが、35年ローンの場合は、$2,258となる。
仮にこの物件が5年後に20%の価格上昇をした場合、のROE(投下資本に対する収益率)を単純計算すると以下のようになる。(実際には、売却にかかるコストや,5年間の元本返済分、5年後の利益の現在価値を割り出す必要があるが、ここは考慮しない。)
当該投資の当初必要資金=$224,600(ダウンペイメント20万ドル+Stamp Duty24,600ドル)
① 50年ローンの場合
現金投資額総額=$326,400($224,600+$1,694×60ヶ月)
ROE=61%($200K/ $326,400)
② 35年ローンの場合
現金投資額総額=$360,080($224,600+$2,258×60ヶ月)
ROE=55%($200K/ $326,400)
つまり、50年ローンを利用した方が、5年間の支払い現金が少ないため、ROEが、6%高くなるという説明だ。
現在の低金利(ローン金利で1−1.5%程度)を利用する場合、5年物のボンドの利回り(3%—5%)と比較しても年利回りで比較しても、レバレッッジが、効いて、優位だと説明している。
尚、当然賃貸に出すべきだが、その場合の賃貸収入は計算していない。もちろん、5年後に20%のキャピタルゲインを大前提にしているが、当地シンガポールでも5年で20%などと言う前提は、それなりに実現可能な前提だけにそれなりに説得力はある。
確かに低金利の現在ならではのメリットだが、今後金利が上がる局面では負担が増えるのではないかとの質問に対しても、金利が3%以上になれば、売却してローンを返済すれば良いとのアドバイス。金利が現在の1%から3%に上がる局面では、かならずインフレが起きているので、不動産価格は上がっているので、問題ないと説明する。
確かに、人口が増え、国土が限られ、経済が順調なシンガポールでは最も安全な投資はやはり不動産だと言いたいのかもしれない。銀行も一般投資家もこれくらいのリスクを取らないでリターンはないと考える人たちだと思う。日本で今、こんな商品を銀行が出すとは到底考えられないが、リーマンショック前に収益物件に対し、借り換え前提の原本返済据え置きのノンリコースローンを出していたが、それと比べると遥かに銀行にとっても、貸し倒れリスクが少なく、金利収益が期待できる商品だといえるだろう。
今回、一民間銀行が出した50年ローンという商品に対し、国会議員や政府が意見を言い出すシンガポールという国は、どこかの国のように課題が山積して何も決められない国に比べ、個人的に、『相当政治的な問題が少ない平和で良い国でうらやましい』と考えてしまうことは、シンガポール政府に対しては失礼だろうか?