今週はじめから、20年来の議論の末に決着したシンガポールのマレー鉄道敷地のシンガポール返還に伴い、両国の共同開発プロジェクトが新聞紙上を賑わせています。シンガポールのCBDに位置するタンジョンパガール駅が廃止されマレーシアのジョホールバルの国境に最も近いWoodLandにシンガポールの駅が移転し、今後このWoodLandから高速鉄道が発着する予定です。79年間の歴史に幕を閉じたタンジョンパガール駅では6月30日の夜、見物客が訪れたそうです。ジョホールバルのスルタン(王様)のイブラヒム・イスカンダル氏が最後の列車を運転したという報道もありました。
私も本日、閉鎖になった駅舎を写真で撮って来ました。
今回のシンガポール政府念願のマレーシア鉄道敷地返還が成立には、両国の経済的な思惑が見え隠れします。今回のマレーシア鉄道敷地返還の条件に、マレーシア側にはシンガポールの代替え土地として開発用地がいくつか提供されています。その中の目玉は、マリーナサウスのMRT駅に隣接する開発用地で敷地面積が約2万6200平方メートル、建設可能最大延べ床 面積が34万1000平方メートルに上る複合開発で、オフィスビル2棟と、集合住宅棟を2棟それぞれ整備 する計画です。この他ブギス地区に2カ所の用地が提供され、マレーシア国策ファンドカザナインターナショナルとシンガポールの政府国策ファンドであるテマセクホールディングが60%:40%の出資割合で設立されたM+S Ltdが開発を行います。また、今回の合意には、シンガポール側のプロジェクトに加え、マレーシア側でも共同のプロジェクトが立ち上がります。ジョホールバルのヌサジャのメディニ地区ノースとセントラルの2カ所で、テマセク50%、カザナインターナショナル50%で設立された合弁会社M+S社が開発します。コンセプトはウェルネス(医療)で、シンガポールのリタイアメント族などを取り込みたい考えのようです。クアラルンプールやペナンでラグジュアリーなコンドやホテルを運営しているE&Oがそのテマセク、カザナインターナショナルの共同プロジェクト内に敷地を購入して加わるという報道もでてきました。
さすが経済や投資運営に優れた手腕を発揮する両国です。シンガポールにとっては、CBDに位置する駅までの線路敷設地が他国に押さえられており、主権国家としては国境線まで主権を押し戻したい中、交渉のために、一等地の代替え地を提供するが、JVを組んできっちりと投資利回りも確保する。
一方、マレーシアとしては、今となっては収益性の低い鉄道の敷地を保有していても経済的なメリットは少ない。むしろシンガポールを交渉の場に呼び寄せ、しっかりと経済的なメリットを取りたい。シンガポール内の優良開発利権を取る一方で、シンガポール人からあまり評判の良くないジョホールバルにシンガポールの資本を呼込む為の布石として、シンガポール政府の資金をジョホールバルに呼込む事で、イスカンダル計画にシンガポールをコミットさせることを狙ったものと言えるでしょう。そういう意味では、両首脳が、クアラルンプールに近いプトラジャヤでお互いをたたえ合って固い握手を交わしたことは、近年のマレーシア、シンガポールの歴史の中でも画期的な出来事かもしれません。少なくとも長年複雑な関係であった両国が手をとりあって、共同でプロジェクトを立ち上げるきっかけとなることは間違いないでしょう。
最近、日本の個人投資家の中でも非常に話題になっているジョホールバルですが、実際に行ってみるとあまりにもシンガポールとの違いに驚かれる方が多いようです。それだけ、まだ可能性があるということは確かに事実ですが、あまりにも壮大な計画ですので、想像力をかなりたくましくしないと理解できないスケールです。なかでも、注目されているヌサジャのメディニ地区にはアジア初進出のレゴランドも着工していますが、全くの原野からのスタートです。上記のテマセクとカザナのプロジェクトもまさに今年から計画をはじめ、プランやデザインに5年を要すると言われていますので、かなりの長期的なプロジェクトですが、このメディニ地区の開発は間違いなく注目に値するでしょう。シンガポール人がはたして治安が悪いというイメージの強いジョホールバルで、むしろリタイアメント族をイメージする医療リゾートを支持するか?テマセクの手腕が問われます。
写真下は、閉鎖されたシンガポール・タンジョンパガール駅